茂林寺の歴史

 曹洞宗の名刹、青龍山茂林寺は、その開山を大林正通としています。 正通は美濃国土岐氏の出目で、華叟派の祖、龍泰寺開山華叟正蕚の法嗣でした。

 寺伝によると、正通は諸国行脚の折、 上野国に立ち寄り、伊香保山麓で守鶴と出会います。この守鶴は、のちに茂林寺に分福茶釜を持ち込んだ老僧です。

 応永三十三年、正通は守鶴を伴い、館林の地に来住し、
小庵を結びます。

 応仁二年、青柳城主赤井正光(照光)は、 正通に深く帰依し、自領地の内八万坪を寄進し、小庵を改めて堂宇を建立し、青龍山茂林寺と号しました。正光(照光)は、 自ら当山の開基大檀那となり、伽藍の維持に務めました。

 大永二年には、後柏原天皇から勅願寺の綸旨を賜ります。 

 寛永十九年(1642)には、三代将軍徳川家光より二十三石四斗余の朱印を下賜されております。